翻訳メモリ(TM)とは、原文と訳文をペアにした「翻訳データ」を蓄積していくデータベースのことです。新しい翻訳箇所で、過去に翻訳したものと似たような文や用語が出てきたときに、そのデータを活用することができます。お客様は費用を節約でき、翻訳する側は作業の負担が軽くなる、とても便利なリソースです。
この翻訳メモリを翻訳支援ツールに設定すると、これから翻訳する原文と、翻訳メモリの中にある文とが比較され、それらがどのくらい似通っているかが「マッチ率」で表されます(詳しくは「翻訳メモリのマッチ率とは」もご覧ください)。
マッチ率は0~100%(翻訳支援ツールと、その設定によっては、マッチ率が100%以上で表示されることもあります)で、0%は翻訳メモリの中に一致する原文・訳文のペアがなく、よく似ているものもないという、完全に新規に登場した文であることを表しています。100%は、翻訳メモリの中に、今回翻訳する原文と完全に一致するペアがあることを意味します。100%マッチをそのまま流用できれば、翻訳する必要がないため、料金は発生しないと考えることができます。
その他にも100%マッチになるケースがあります。文書内で何度も出てくる原文です。これは「繰り返し」と呼ばれ、最初に出現した原文を翻訳して翻訳メモリに登録すれば、2回目以降に出てきたときに100%マッチとなります。こちらも100%マッチの流用なので、料金は発生しないように思えます。
100%マッチだから翻訳作業がない=料金はかからない、と思えますよね。しかしここには落とし穴があります。100%マッチの訳文をそのまま使えないケースがあるのです。
100%マッチの訳文を使えないケース1:
コンテキスト(文脈)に応じて訳文の表現を変える必要があるケース
これは、eラーニングの画面とナレーション、マニュアルの見出しと本文などでよく見られます。
この例で、右側のスライド部分を先に翻訳したとします。左側のナレーション(または書き起こし)に同じ文がある場合、先に翻訳した訳文を100%マッチで流用することができます。英語では、視覚的な部分(PowerPointのスライドやアニメーションなど)とナレーションの部分(音声や書き起こしのテキスト)で同じ文が使われることが多くありますが、日本語の場合、画面では簡潔な体言止めにして、ナレーションでは言葉を補って分かりやすくしたり、ですます調に整えたりすることが多くあります。
このため、100%マッチだからといってスライド部分の訳文をそのままナレーションに流用すると、ナレーションも体言止めになり、不自然になってしまうことがあります。
100%マッチの訳文を使えないケース2:
意図するものが異なるケース
こちらは、Webサイトやスライド資料など、短い文が多く使われるドキュメントでよくあるケースです。
たとえば機能の追加を知らせる文言を翻訳したときに、「NEW」という原文に対して「新機能」という訳文を登録したとします。その後、新製品のWebページを翻訳するとします。「NEW」に対する100%マッチとして既に「新機能」という訳が登録されていますが、新たに発売する製品のWebページなので、「新製品」や「新発売」としたほうが適切です。
100%マッチの訳文を使えないケース3:
原文が数値のみのケース
次のような原文があったとします。
日本語で個数を表す場合、数え方(助数詞)を入れることが一般的です。
1行目の「2」はディスプレイの数なので、「2台」になります。2行目の「2」に100%マッチを流用すると「2台」になりますが、これはケーブルの数なので「2本」が適切です。
このように、何に対する数値なのかに応じて都度変えていく必要があります。これは、表やグラフ、図などでよく見られます。
これら1~3のようなケースでは100%マッチをそのまま流用することはできないため、100%マッチの訳文はあるものの、人が目で見て確認し、必要に応じて修正を加える必要があります。そのため、100%マッチに対して料金が発生する場合があるのです。もちろん、そのような処理は必要ないという場合は、100%マッチの部分は作業対象外(確認・修正は行わない)にしたいと要望することもできます。
まとめ
今回は、100%マッチの訳文をそのまま使えないケースと、なぜ料金が発生するのかをご説明しました。もちろん効果的に使える場合もあります。更新版のマニュアルのように旧版の翻訳を使って新しい部分だけを翻訳する場合や、製品カタログとWebページに同じ説明文を使用している場合などは、100%マッチの訳文をそのまま使用すれば、一貫性を保てるうえに時間や費用を節約できるというメリットがあります。
翻訳メモリをうまく活用すると、作業期間を短くしたり、費用を抑えたりすることができます。しかし、翻訳対象の性質などに応じて、100%マッチを訳しわける必要があるかどうかなどを確認したほうがよいこともあります。気になることがあったら、見積りを依頼するときや翻訳を発注する際に質問して、疑問を解消しておくことをおすすめします。